英語教育全般

使える学校英語?

学校英語で英語を使えるようになるのか?⑪~教育の商品化の否定

学校英語で英語を使えるようにするための、ポイントの2つ目です。これは「教育の商品化」を否定することから始まるのですが、前回までの教育を「公」の場に取り戻すとほぼ同じニュアンスです。経済第一の政権が規制緩和をし、その観念が教育の現場にも蔓延してから教育は崩れて行ったような気がします。
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学校英語で英語を使えるようになるのか?⑩~学校を「公」の場に2

学校を「公の場」にするためには3つのポイントがあります。ただ、それは独立した存在ではなくお互いに複雑に絡み合っているものなので、時間をかけてそのような「場」に育てて行く、という感覚で現場の教員たちはそのポイントに取り組まなければならないのでは、と思います。
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学校英語で英語を使えるようになるのか?⑨~学校を「公」の場に1

学校英語で英語を使えるようにする「土台」作りのために必要なポイントの1つ、学校の「公」の場に戻すことです。自分からすれば今の学校は生徒にとって「私」の場になっていて、それがある程度教育を阻害していると思います。それを「戻す」ためにはどうすればいいのか、を考えて見ました。
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学校英語で英語を使えるようになるのか?⑧~脱却のための3つのポイント

前回の否定的な解答に対して、それではどうすれば良いのかについての考察です。私はこのような混迷状態から脱却するには、3つの土台作りから始める必要があると感じました。その3つとは何んでしょう?
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学校英語で英語を使えるようになるのか?⑦~答えは簡単でも・・・

学校英語で使えるようになるのか?という問いに対する私なりの解答です。これが正しい、というわけでもないし、間違いというわけでもないかもしれません。しかし共通して言えるのは、現在の教育政策には「理念」を感じられないということです。もちろん形式上の「文言」だけはあるのですが・・・・
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学校英語で英語を使えるようになるのか?⑥~日本人のアイデンティティ

他言語を学ぶということは、自国の文化にプライドを持ち、その上での他文化を尊重することと同じだと思います。であれば、今までの文科省は私たちに対して「日本の文化や言語」に矜持を持たせるような教育を展開してきたのでしょうか。もっと日本人としてのアイデンティティを持つ必要があるのでは?
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学校英語で英語を使えるようになるのか?⑤~与党のスローガンとOECD

今の英語教育改革の混迷を脱却するには文科省が変わるしかないと思います。しかしこの文科省は、「こどもの育成」には目を向けず、「経済(界)」の方を見ているようです。自民党のスローガンを見て行くと、特に第2次安倍内閣からは、とにかく「アベノミクス」で経済第一になっているのがわかります。
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学校英語で英語を使えるようになるのか?④~叶えられないスローガン

文科省はその施策の中で「英語を使える日本人の育成を!」とか「英検3級程度の力を中学校で!」のようなスローガンを掲げて、英語教育改革を進めていますが、このスローガンが実現できると思いますか?文科省は土台を作りをせずに、目標値だけを決めています。現場の教職員はどう思っているのでしょう。
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学校英語で英語を使えるようになるのか?③~現在と比べると

現在の学校英語の状況を比べると、言語環境は明らかによくなっています。本屋に行くと「英語」に関する書物や参考書、洋書などが溢れてますし、教材もたくさんあります。また、学校では英検などの資格も取れます。一方「学ぶ意欲」はどうでしょう?小学校や中学校の授業をみると生徒の様子は・・・
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学校英語で英語を使えるようになるのか?②~2つの理由

①では、鎖国が終わり、明治維新を迎えるといわゆる「文明開化」するのですが、当時かなりの英語の使い手がいた話をしています。②では、どうしてそのような人材が出てきたのか、その理由を2つあげています。1つは外的環境の悪さと、2つ目は内発的動機の高さです。それでは現在はどうなのでしょう?
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学校英語で英語を使えるようになるのか?①~鎖国が終わって

保護者世代の人たちは「学校であんなに英語を勉強したのに(無理やり勉強させられたのに)、今になっても何ひとつわからない」と、思っている人が多いはずです。そのような人たちが世論を動かし小学校の「外国語活動」を導入させたのですが、どうしてこんな状態になってしまったのでしょう?そんな学校英語について考えます。
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教員と生徒の関係③~教育は国家の土台

「規制緩和」が大々的に行われた時代に、国民は「教育」の商品だと思い込んでしまったのだと思います。教育は値段がつけられる商品などではなく、その国の土台を形成する文化を継承させるために必要不可欠な知見だと私は思います。その勘違いが今も続き、現政権は経済界とべったりです。
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教員と生徒の関係②~「学校がサービスを提供する」時代に

学校はある時点からその役割を大きく変えます。教育を受ける場所から、教育を「サービス」として生徒に提供する場所へと。これは政府が「規制緩和」を言い始めた頃から始まったと私は思っています。自由競争がすべてにおいて良いことだ、と考え始めた保護者は、それを学校にも適応させたのではないでしょうか?
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教員と生徒の関係①~関係性の変遷

長く教員生活を過ごしてる人は、「生徒が変わったな」と思う人が多いのではないかと思います。私は30年の教員生活でしたが、その中でも激変している気がします。それは、ただ「時」がそうしただけではなく、その社会状況の変化で教員(学校)と生徒との関係が変容していったからではないでしょうか。
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英語とICTについて④~ICT活用の「肝」

ICTは、生徒が「見てわかりやすい」授業のツールなので、「見せることだけ」を考えればいい、と思っている人も多いようです。より「効果的」に見せるのではあれば、いかに「見せないか」「見せない部分を作る」ことも考えなければいけません。またICTだけでなく黒板の長所も理解して活用しましょう。
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英語とICTについて③~ICT活用時の生徒の視線

ICTは、生徒の理解を容易にするため、大部分は「視覚」で「見てわかりやすく」するものです。「視角」に訴える授業ということは、生徒の「視線」がしっかりとその「画面」に集中されていなければなりません。しかし、実際は教師は機器の操作で手がいっぱいで、そこまで確認していない人が多いようです。
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英語とICTについて②~眠るICT機器

ICT機器は、学校で眠っているものが多いようです。タブレット、電子黒板、書画カメラ、あるところにはあるのですが、活用していますか。活用しているにしても、「なぜ」それを使うのかしっかりと理解していますか。どのように使えばいいのか、わかっていますか。そんなポイントを示しています。
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英語とICTについて①~ICTって何のため?

ICTとは、information and communication(s) technology つまり「情報通信技術」のこと。黒板とチョーク一本の授業から、生徒にもやさしい授業を行う方向で教育界は動いています。時々最先端の授業ということでやたらICT機器を用いた授業を見たこともありますが、一体それは誰のための授業なのでしょう。
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「空気を読む」って?④~教育と「空気を読む」

文科省までも「空気を読んで」いるような気がします。それではどこの「空気」を読んでいるのでしょう。人事を官邸が全て把握するようになってからは、全ての省庁は「官邸」そして「首相」の意向に沿うように動いているようです。そして「首相」と「経済界」は太いパイプでつながっているようです。こんな状態の「国」でいいのでしょうか。
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「空気を読む」って?③~目標と骨組み

「空気を読む」文化の日本で英語教育をいかに進めて行くのか?文科省はその部分の覚悟、すなわち文化の違いを理解しての教育を展開していかなければならない、気持ちを持っているのか?ということを問い質したくなります。でも現時点での様子を見ると、「紙一枚」の計画のような気がします。
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